#327 東北旅④ 猪苗代 会津

2026年8月28日

 

5時過ぎに起床。

しっかり朝風呂に浸り、フロント備え付けの新聞を読みながら時間を潰す。

 

7時前にバイキング会場に向かうと、

早くも宿泊客が立ち並んでいた。

 

適当なテーブル席を確保して、

いざバイキング戦闘開始だ。

 

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朝のバイキング料理はこんな感じでチョイス。
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これは珍しいおにぎりライブキッチンだ

お二人の呼吸はピッタリで、

効率的に手作りでおにぎりを握る。
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会津米のおにぎりは美味し!
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日本の朝和食はこの組み合わせが、

自分とって安心感がある。
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最後にカレーライス。

コクがあり深みがあって美味しゅうございました。
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ホテルジュラクを9時過ぎに出発。

ほどなくして、

フルーツ街道の一角にある、

あづま果樹園に立ち寄り、

桃と梨をそれぞれ1箱づつ購入。


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道の駅にも立ち寄る
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りんご、梨がぎょうさん並んでいる
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桃もたくさんあります。
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良い形をした梨
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福島の桃は甘くて美味いのだ。


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猪苗代湖に向かう途中に梨の実がなる風景に遭遇。

車を停めて梨畑に向かう。

 

不意に、もぎ取ろうと思ったが、

自制心が働いてやめることにした。

 

作業している男性に写真許可をお願いしたのだが、

「ワタシ、ニホンゴ ワカラナイ」

と返された。

 

一見ベトナム風で、5人ほどの外国人が汗を流して

作業していた。

今や日本の農業は、外国人抜きでは成り立たない、

時代を迎えているのだ。

 

農業も外国人との共同、いや協働を求められている。


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のほほんとする、穏やかな風景。
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梨畑から日本百名山の安達太郎山が見える。

10年前に登った山なので懐かしく感じた。


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時刻は12時前。

猪苗代湖畔に立つ野口英世記念館に立ち寄る。

この歳になってようやく野口英世に会える。

ワクワク感と高揚感が止まらない。

 

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今年で生誕150年の節目の年だ。
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野口英世の生家を初訪問。
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野口英世の人生を大きく変えた、

当時の囲炉裏がそこにあった。
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自分は衝撃を受けた。

 

小学生の頃に野口英世伝記物語を、

繰り返し読んでいただけに、

衝撃を受けたシーンである。


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野口英世の強い決意が感じれる、

魂の入った刻字。
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この言葉は、当時の自分を勇気づけられた。

一つひとつの展示資料を見るにつれて

涙が止まらず流れた。

 

その涙は決してセンチメンタルではなく、

挑戦する逞しさに惚れた涙だったのだと

後で気がついた。


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磐梯山の南山腹にある、

標高700mの天鏡台(昭和の森)から

猪苗代湖を一望する。


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稲穂と磐梯山の良い感じのコラボが撮れた。
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14時過ぎ。

会津若松の鶴ヶ城に立ち寄る。

資料によると以下記述があった。

 

1384年の築城が起源で、

戊辰戦争の激しい攻防戦に耐えた「難攻不落の名城」として知られている。

平成23年には「赤瓦」へのふき替えが完了し、

幕末当時の姿を再現し、

現存する天守閣では国内唯一の赤瓦の天守となっている。

 

城の中はスライド写真等で順序立てて、

当時の歴史を資料を用いての説明がある。

その中で白虎隊の歴史資料があり、

自分の知識を深めるためにも、ここでおさらいする。

 

歴史資料では以下の記述があった。

 

白虎隊は、戊辰戦争の際に会津藩が16歳から17歳の少年たちで組織した総勢300余名の部隊である。

 

飯盛山の悲劇とは、戸ノ口原の戦いで敗退した白虎士中二番隊の隊員が飯盛山に逃れ、

鶴ヶ城周辺の火災を落城と勘違いし、自刃した。

 

生き残った隊員(飯沼貞吉など)によって、

その悲劇と忠義の物語が後世に伝えられた。

現在の福島県会津若松市の飯盛山には、十九士の墓が眠っている。

 

職場で意気盛んな先輩が会津出身の方で、

白虎隊のことを話してくれたことがあった。

 

会津人は白虎隊の精神が流れている理由が

わかる気がした。


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赤瓦とはいえども、色が落ちている感があった。
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天守閣から、磐梯山、会津若松市街を一望する。

 

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数々の凄まじい歴史を繰り返してきた鶴ヶ城に、

思いを馳せる。