2021年6月26日
半年に1回の定期健康診断が終わり、無事に良好維持を保つ。
午前11時20分過ぎに港区内病院から解放された。
ここは赤羽橋。
さてこの後はたっぷり時間がある。
はてさて何処へ向かおうか。
赴くままに足が動き出す。
足の気分で自由自在にテクテク歩こうと決めた。
ふと目の前にこじんまりしたオシャレなハウスに気づく。
表札に在日キルギス共和国大使館とある。
キルギスといえば中央アジアに位置し、中国と地中海を結ぶシルクロード沿いにある。
つい古代の貿易ルートを思い浮かぶ。
いつかはシルクロードの旅をしてみたいものだ。
ここ三田周辺はイタリア🇮🇹等大使館が散在する通りだ。
綱町三井倶楽部は1913年(大正2年)に建築、結婚式等イベントに使用。
歴史を感じる雰囲気ある建物だ。
慶應義塾女子高校を通り過ぎると三田の由来を伝えるガイド案内があった。
そこにはこのように記されていた。
三田は区内で最も古い地名で文献に武蔵国荏原郡御田とあり、御田とは諸国に多い地名で神領の呼び名であると伝えてられており、後に三田の文字が使われるようになった。
少しは教養を身につけたところで20分ほど歩くと白金一丁目の交差点から赤い建物が見えた。
赤い建物を目指して歩くと、そこは明治学院大学キャンパスだった。
せっかくなので正門からキャンパスに入る。
どこかで見たことがあるチャペルが建っていた。
歴史資料によると1853年ヘボン夫妻が横浜に英学塾を設立とあるので歴史はかなり古い。
あいにくコロナ禍で学生の姿はなく、どこか寂しいキャンパス風景だった。
コロナ終息で活気あるキャンパスを取り戻してほしいと切に思う。
さて次は大井町駅まで歩こうと決めた。
大井町といえば競馬場が有名だが、飲食界隈も有名だ。
SNSで知った今年3月オープンした韓国料理の微吟飯店を目指すことにした。
ナビによると1号線から住宅街を経て40分は歩きそうだ。
途中で清泉女子大学を通り過ぎる。
清泉女子大学というと学生時代の友人の友人が通学した大学だったなぁ。
今頃は幸せに過ごしていることだろう。
清泉女子大学の以前の土地は旧島津公爵邸だったとは興味深い。
狭い住宅路から抜け出して線路沿いを歩くと壁画に遭遇。
この小学校は開学100年の横断幕が掲げられていた。
児童が描いたペイントに心が和む。
線路沿いの坂を登ると目的地の微吟飯店に辿り着く。
ここは店内店外立ち飲みカウンターでセルフ飲み放題で1時間800円。
韓国惣菜料理盛り合わせもあり、激安だ。
完全予約なので次回は友人を連れて行こう。
スタッフの方はとても親切だった。
また来ますね。
次は大井町駅から東急電鉄沿いに戸越公園駅、洗足駅、大岡山駅、自由が丘駅までテクテク歩く。
2時間歩いてようやく着いた大井町駅。
日本音楽高等学校は明治36年に設立した日本最初の私立音楽学校のようです。
初めて大岡山駅に着く。
大岡山駅前に東京工業大学の正門があったのでついキャンパスに入る。
東京工業大学は日本屈指の難関国立大学であり、2人ノーベル賞受賞されている有名大学である。
綺麗に手入れされたグリーンと学生さんが自転車🚴♀️移動する、程よい広さのキャンパスは実に気持ちいい。
歴史ある本館に腕を組む。
キャンパス内を30分ほどまったりする。
次は自由が丘駅を目指すことにした。
自由が丘駅は学生以来だから40年ぶりかな。
自由が丘の地名は、1927年に設立された「自由ヶ丘学園」に由来しその後の地元住民の要望で自由ヶ丘が駅名、地名となりその後は自由が丘に変遷したと歴史資料に記されていた。
世田谷区奥沢から自由が丘までまっすぐ歩きます。
マリ・クレール通りは席隔離でコロナ対策実施中。
若者に人気のファッション店。
店内に入るがフィットしたものがなかったなぁ。
4時間歩いてようやく自由が丘駅に着く。
たの実はアイスが好評。
自由が丘サンドはフルーツサンドが美味しいようですが品切れでした。
MILK LAND は北海道産ミルクで濃くがあり、美味しい。
カフェ ベルアメールの色鮮やかなクッキーに目を奪われます。
自由が丘は有名なパティシエが店を構えており、スイーツ激戦区であることがわかりました。
綺麗な通り、お洒落な店が立ち並び、住みたい街上位ランクに納得。
港区、品川区、世田谷区、目黒区を跨いでのテクテク気ままにブラリ散策は無事に完了。
都心散策よりも緑豊かな自然散策が自分に合っていると実感した一日だった。
今日の歩行距離17km 歩行時間5時間